色の本質マスター講座、始動。

どれだけ否定しても残るものがあって、
それは、人が変化する可能性だと思う。

「私は頑固だから変わらない」
そう思っていても、
少しずつじわじわと出来事がやってきて、
少しずつじわじわと心が震えて、
少しずつじわじわと何かが解けて、
人はやっぱり変わってゆくのだと思う。
そうやって最終的には自然に還ってゆく。


還ってゆくまでには、いろんな現実に執着するんだろう。
欲どおしい自分も、ふざけた自分も、いたずらな自分も、全部経験したい。
せっかくこの世を、生命を燃料に、生きているのだから。

目に見えて変化しているものよりも、
水面下でじわじわと進行してゆくものの方が、
私は個人的に好きだ。

片鱗が見えて。
また隠れてしまう。

それを眼で、見つけたときの
わくわくする気持ちや、その生命の苦労や物語が
私をあっと驚かせる。それは、
私の生命にも同じもどかしさがあるからだろうと思う。

色の本質マスター講座が始まった。
これは大切な始まりであるのだけれど、
それぞれひとりひとりの3ヶ月の冒険だと感じている。
なんやわからない壮大な自然の話を、
おそらく多少鬱陶しいほど情熱的に、
渾々と語る童顔な私がいて、その熱にひっぱられる。
でも、ひっぱっているのは、私ではなく、実はあなたの中の宇宙なのだとも思う。
横にいれば仲間がいる。でも、仲間になるにも時間や信頼がいる。
「大人になったらそう簡単に信頼など築けるものか」
そう思いこまされた気持ちですら、「自然」という土台は、「色」という言葉は、どうでもよくしてくれる。
私はなんどもそれを味わってきた。

これは話したくないことだ。
これは言いたかったことだ。
そのどちらもが、どうでもいいくらい溢れてくる。
自分の中に「泉」があることがわかる。

まだ作れる。
まだまだ私は、私がでてくる。
まだまだ私は新しい。

ここで色彩を学ぶ人は、感受性がすごい。
自分の精神に、言葉が追いつかない方も多い。
そんな自分の精神に、本気で向き合ってみたときの、彼らの熱は、
ひょっとしてこういう人たちが
いろんなところで折に触れて、世界を救っているのではないだろうかとさえ、
本気で思う。

私にできることはなんだろう。
この出会いを大切にし、彼らのみている世界を、見せてもらうことだと思う。
そして私の見ている世界を、見てもらうことだと思う。

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