ゲーテの真意

こんにちは〜。学校長のミッキーです。

point!

人間を自然から引き離してはいけない。

このことのために一生を費やした人物がゲーテという人だと私は思います。

今日は、色彩自然学の源となっている人物”ゲーテ”の話です。

彼が色彩論や形態学を通して伝えたかったことについて、私はより一層考えることになっています。

色彩は光の行為である。行為であり受苦である。

『色彩論』から引用:ゲーテ

この言葉は、彼が晩年注力した『色彩論』の冒頭に書かれている言葉です。

私には彼がこの言葉で「色彩を定義した」ということを感じました。

なぜなら色彩ほど定義できないものはないと思うからです。

日常とデモーニッシュなものの振り幅を与えるものがいつのときも色だと感じるからです。

これほどに定義しづらい「色」を、なぜあえてこのように定義したのだろう。と。

歴史を見てていても、「色彩の学」には、科学至上主義に向かった人間の歪みが向けられきたように思います。

「人間の感覚など信頼できるものではない」

そのようなことが1600年代に活躍したガリレオやロックから始まりました。

当時の彼らの考え方は、

人間の感覚を通さなくても把握できるものー形、速度、大きさなどを「1次性質」、

人間の感覚を通して得られるものー色、音、匂い、味などを「2次性質」としていました。

そして科学研究の対象を、定量化でき、数値化できる「1次性質」のみとしました。

このことにより、私たち人間が自分の「感覚」を信頼することをやめ、

代わりに「数字」や「計器」を得て、それを信頼できるものとしました。

それ以降、科学への人々の信頼はニュートンに向かって上り詰めてゆきます。

ゲーテが色彩論や形態学、ほかにも彼が残した詩や文学などにも貫いているのは

人間には理性や悟性といったものが必要だけれど、それと同じくらい感性や想像力が生きることのためには必要だとい信念です。

木の絵

ニュートンは「光学」により「色彩」のような感覚も、屈折率で数値化し把握できると主張しました。

つまり、二次性質にあるものもすべて一次物質に還元できるという主張をしました。

ゲーテがニュートンを批判したことは有名なことですが、

彼がニュートンを批判した真意は、「人間から自分の感覚を信頼することを奪ってはいけない」という強い思いだっただと今思います。

それは、「人間を自然から引き離してはいけない」という科学至上主義に対する警鐘だったのだと思います。

ゲーテはニュートンを批判することを経て、科学と袂を分かちました。

そういった意味でもゲーテの自然学は、「自然科学」ではないと思います。

科学がいらない、と切り捨てたものの中にゲーテは邁進しました。

人間が豊かに生きていくために、自己を形成してゆくために大切なものがそこにあることを自然研究から知っていたからだと思います。

梅の花

「人間を自然から離してはいけない」

色彩は紛れもなく人間の感覚です。

自然が奏でる色彩を対象として見るのではなく、自然の中から私たちはものを見る必要があるのだと思います。

自然は私と離れてあるものではなく、自然に含まれて私という存在があるのだと思います。

移り行く色や壮大なグラデーションのその奥深くで

どんなふうに自然が組み上がり止むことのない創造を広げていくか、

そんなことを自然や人間を通して追いかけ続ける学が、

自然学なのだと思います。

色だからこそ自然学なのだと私は思います。

人間と自然の間に、色彩は広がっています。

色彩という経験を提供できる場は、人間が「自然」と結びつく場をつくっているのだと思います。

色育士たちに、そして色を扱うあらゆる人たちに。

尊い仕事だと私は思います。

Follow me!