少しマニアックな野良仕事の話。

こないだ知り合いに、「畑をやっている」と言ってみたら、
「かわいそう、まだ若いのに」と言われて、すこしおどろきました。
畑をやっていてかわいそう、かぁ。なんでやろ。
畑をやるぐらいなら他にやることがある、と思ってはるんでしょうか。
そうやって私たちは進歩することを良し、としてきたからでしょうかね。

でも、いえいえみなさん、
畑には宇宙があります。
古くもあるけれど、新しくもある。その逆もある。
そうやって進化や進歩の時間軸とは、無縁のところで営まれている
永遠に続いているようなものに出会えます。

今回はいちごの話をしてみます。

赤が緑にたくしていく、まさに色彩環や色の力に通ずる自然の物語です。

写真を、ご覧ください。

パッとしない雑多な場のように見えるかもしませんが、
見えますか?たくさんの茎のような、
赤っぽいケーブルのようなものがいちごの苗から出ています。わかりますか?

いちごを育てたことがある人は知っているかもしれませんが、
これは”ランナー”という、ある時期に至ったいちごが伸ばす触手のようなものです。

いちごの”ランナー”って何?

生命のバトンをわたす

この”ランナー”とはどんなものなのか、
私たち流にわかりやすく言ってみると、
私たちの
「臍の緒」にとてもよく似ています。

まさに今、いちごたちが生命のバトンを繋いでいる
そんな現場が、この写真だと思って見てもらうといいと思います。

赤くて甘い実をたくさんならしたいちごの親株は、
その実をならし終わるころに、
疲れている体をもういちど奮い立たせます。
なぜなら、生命のバトンをつないで、次なる生命をたくすためです。

親株は、”ランナー”と呼ばれる臍の緒のようなものを、
自分からできるだけ遠いところへと伸ばしはじめます。
たった1日で8cmくらい伸びていることもありました。
このランナーには、親株の栄養が託されていきます。

そうやってランナーが行き着いた先に、
子株が芽き、根を下ろします。

それだけでは終わりません。
ランナーから送られる母の栄養というのはやはりすごくて。

一つ目の子株を「長男」と呼ぶ人もいますが、
「長男」がその場で少し根つき始めると
そこからまた親の栄養をさらに受け取りながら
「次男」さらには「三男」という具合に、
親株から次々と
与えうるだけのランナーを通じた生命バトンがおこります。

私たちは、9月頃になったら、
力をふるってしなびた親株を土に還すことを手伝って、
子株たち
(なかでも三男、四男あたりが病気などを受け継いでいないためいいそうですが)
をしっかりと植え替え、またいちごを育てて、いただくことになります。

苺はとても人気でおいしいですね。
スーパーで売っているものも、いろんな品種でおいしい。
でもその苺たち、実をならすだけで終わっているわけではないのですね。

生命たちは、時が満ちてきたら、私たち人間もふくめて、
何かをつぎへ残そうと、そのために自分を尽くし始めます。
そういうときの私たち生命というのは、
赤と緑の呼び求めあいが本質的に起こっているものです。

いかがでしたでしょうか。
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