この物語は、一枚の完全な粘土板に残されたものではない。現在読むことのできる『イナンナの冥界下り』は、古バビロニア時代を中心とする複数の写本・粘土板断片を研究者が照合して再構成した「複合本文」である。
ここでは ETCSL(Electronic Text Corpus of Sumerian Literature)c.1.4.1 “Inana’s descent to the nether world” の行番号を基本とし、シュメール語本文、ePSD2の語彙情報、およびPascal Attingerによる校訂・研究を参照して日本語訳を作成している。
読みやすさを優先しているため、日本語本文では細かな写本差をすべて挿入せず、重要なものを文末の訳注で示す。
第2場面 ニンシュブルへの託し

〔シュメール語本文 28–72行〕
聖なるイナンナは、
ニンシュブルに言った。
「来なさい。
エアンナの忠実な使者よ。
美しい言葉を語る、
わが使者よ。
確かな言葉を運ぶ、
わが使いよ。
今日、私は冥界へ下る。
今日、私が冥界へ去ったなら、
廃墟の丘で、
私のために哀歌をあげなさい。
玉座の間で、
私のためにバラグを響かせなさい。
神々の家々を、
ひとつひとつ巡りなさい。
私のために、
目を掻き傷つけ、
鼻を掻き傷つけなさい。
人には語られない身体のところも、
傷つけなさい。
何も持たぬ者のように、
ただ一枚の衣をまといなさい。
そして、ひとり、
エンリルの神殿エクルへ向かいなさい。
エクルに入り、
エンリルの前で涙を流し、
こう言いなさい。
『父なるエンリル。
あなたの子を、
冥界で誰にも屈服させないでください。
あなたの美しい銀を、
冥界の土と混ぜ合わせさせないでください。
あなたの美しいラピスラズリを、
宝石細工師のほかの石とともに
切り分けさせないでください。
あなたの美しいツゲの木を、
木工師のほかの木とともに
切り裂かせないでください。
若きイナンナを、
冥界で屈服させないでください。』
もしエンリルが、
このことに力を貸してくださらなければ、
ウルへ行きなさい。
ウルのエムドゥクラに着き、
ナンナの神殿エキシュヌガルへ入ったなら、
ナンナの前で涙を流し、
こう言いなさい。

『父なるナンナ。
あなたの子を、
冥界で誰にも屈服させないでください。
あなたの美しい銀を、
冥界の土と混ぜ合わせさせないでください。
あなたの美しいラピスラズリを、
宝石細工師のほかの石とともに
切り分けさせないでください。
あなたの美しいツゲの木を、
木工師のほかの木とともに
切り裂かせないでください。
若きイナンナを、
冥界で屈服させないでください。』
もしナンナも、
このことに力を貸してくださらなければ、
エリドゥへ行きなさい。
エリドゥに入り、
エンキの神殿へ入ったなら、
エンキの前で涙を流し、
こう言いなさい。
『父なるエンキ。
あなたの子を、
冥界で誰にも屈服させないでください。
あなたの美しい銀を、
冥界の土と混ぜ合わせさせないでください。
あなたの美しいラピスラズリを、
宝石細工師のほかの石とともに
切り分けさせないでください。
あなたの美しいツゲの木を、
木工師のほかの木とともに
切り裂かせないでください。
若きイナンナを、
冥界で屈服させないでください。』
父なるエンキ、
大いなる知恵の主は、
生命の草と、
生命の水を知っている。
あの方なら、
きっと私を再び生かしてくださる。」
イナンナは、
冥界へ向かって歩いていった。
ニンシュブルは、
その後ろを歩いていった。
イナンナは、もう一度、
ニンシュブルに言った。
「行きなさい、
わがニンシュブル。
私があなたに告げた言葉を、
決してなおざりにしてはならない。」
※この訳はETCSL 28–72行を骨格としつつ、Attingerの2019年校訂・訳注、とくに30–67行の異読と語義の検討を照合して組み立てています。
訳注
1|ニンシュブルに対する三つの呼びかけ
29–31行で、イナンナはニンシュブルを単に「従者」と呼んでいるのではありません。
「エアンナの忠実な使者」
「美しい言葉を語る使者」
「確かな言葉を運ぶ使い」
と、その資質を重ねて呼びかけます。
一写本ではこの部分が異なり、「私はあなたに指示を与える。その指示を受け止めよ。私はあなたに言葉を語る。それに注意を向けよ」という趣旨になっています。
つまりここで強調されているのは、ニンシュブルが言葉を正しく受け取り、正しく運ぶ存在であることです。
これは後の展開を考えると非常に重要です。
2|「バラグを響かせる」
35行の balaĝ は古代メソポタミアの楽器名です。
ETCSLでは “drum” と訳されていますが、現在のePSD2は balaĝ をより慎重に「楽器、大型の太鼓またはハープ」としています。そのため本文では楽器の種類を一つに固定せず、**「バラグを響かせる」**としました。
また場所を表す guʾen は現在のePSD2で「集会の間/玉座の間」とされているため、今回は第1稿の「聖所」より一歩踏み込み、「玉座の間」と訳しています。
3|身体を傷つける行為
37–39行では、ニンシュブルに哀悼の身体行為が命じられます。
本文には目、鼻、そして身体の親密な部位を傷つける表現があります。一写本だけは、さらに「耳」を傷つける一行を加えています。
問題なのは38行で、身体部位の特定について訳が分かれることです。ETCSLは “buttocks” としますが、Attingerは「股間」と解しています。
ここは断定しない方が妥当と判断し、
「人には語られない身体のところ」
としました。原文自体にも「人とともには語られない場所」という婉曲な表現が含まれています。
4|「何も持たぬ者のように」
39行の nu-tuku は、古い翻訳では「未婚の女」「寡婦」などと解される場合もありました。
Attingerはそれらを退け、「貧しい者」の意味を採っています。原語の構成も「持たない者」に近いため、この連載では、
「何も持たぬ者のように」
としました。
これは心理的象徴としてではなく、まず語義上の判断です。
5|「殺さないで」ではなく「屈服させないで」
ここは、第2場面でもっとも重要な訳注の一つです。
ETCSLは43行以下を、
「あなたの娘を冥界で殺させないで」
という意味に訳しています。
しかし複合本文の中心的な動詞 gurum/gam は、「曲げる、屈服させる、従わせる」という方向の語です。Attingerも主本文では「隷属させる/屈服させる」と解しています。
一方、別写本には明確に「死ぬ/殺す」という語を用いる形も存在します。
そこで本文では主校訂本文に従い、
「冥界で屈服させないでください」
としました。
これは今後、イナンナの「死」が実際に語られる場面との差を保つうえでも重要です。
6|銀、ラピスラズリ、ツゲの木
三度繰り返される祈願では、イナンナ自身が、
美しい銀
美しいラピスラズリ
美しいツゲの木
に喩えられています。
「銀を冥界の土と混ぜるな」
「ラピスラズリを他の石と一緒に切るな」
「ツゲを他の木と一緒に裂くな」
という非常に物質的なイメージです。
Attingerは、この箇所についてイナンナの神像を念頭に置いた表現と見る先行研究も紹介しています。ただし、それを唯一の意味と断定する必要はありません。
このブログでは、まずイナンナという存在が、貴重な素材そのものとして語られていることを残しておきたいと思います。
この場面で起きていること
第1場面では、イナンナは完全な装いを整えて冥界へ向かいました。
第2場面で初めて明らかになるのは、彼女が自分が戻れなくなる可能性を見越していることです。
ただし原文は、「私は死ぬかもしれない」と心理を説明しません。
その代わりにイナンナは、ニンシュブルへ非常に具体的な手順を託します。
哀歌をあげる。
バラグを響かせる。
神々の神殿を巡る。
エンリルへ行く。
だめならナンナへ行く。
それでもだめならエンキへ行く。
そして最後に、
エンキは生命の草と生命の水を知っている。
あの方なら私を再び生かしてくださる。
と語ります。
ここには、冥界へ下る者イナンナと、地上に残される者ニンシュブルとの間に結ばれた一本の関係があります。
そしてこれは単なる伏線ではありません。
物語の後半、イナンナが三日三晩戻らなかったとき、ニンシュブルはここで託された行為を実際に一つずつ行います。
ですからこの場面は、
「下降するイナンナ」だけでは成立しない物語
であることを、すでに示しているとも読めます。
ただしこれは本文から一歩進んだ読みです。
原文上確実なのは、イナンナが下降する前に、地上に残るニンシュブルへ救済のための言葉を託した、ということです。