この物語は、一枚の完全な粘土板に残されたものではない。現在読むことのできる『イナンナの冥界下り』は、古バビロニア時代を中心とする複数の写本・粘土板断片を研究者が照合して再構成した「複合本文」である。
ここでは ETCSL(Electronic Text Corpus of Sumerian Literature)c.1.4.1 “Inana’s descent to the nether world” の行番号を基本とし、シュメール語本文、ePSD2の語彙情報、およびPascal Attingerによる校訂・研究を参照して日本語訳を作成している。
読みやすさを優先しているため、日本語本文では細かな写本差をすべて挿入せず、重要なものを文末の訳注で示す。
第3場面 冥界の門

〔シュメール語本文 73–93行〕
イナンナが
ガンゼルの宮殿に近づくと、
冥界の扉を、
強く押した。
冥界の門の前で、
険しい声をあげた。
「開けよ、門番よ。
この家を開けよ。
開けよ、ネティ。
この家を開けよ。
私ひとりを、
中へ入れてほしい。」
冥界の大いなる門番ネティは、
聖なるイナンナに答えた。
「お前は、誰なのか。」
「私はイナンナ。
日の昇るところへ
向かう者です。」
「もし、お前がイナンナ、
日の昇るところへ向かう者なら、

なぜ、
〈帰ることのない国〉へ
やって来たのか。
行く者が帰らない、その道へ、
どうしてお前の心は、
お前を運んできたのか。」
聖なるイナンナは、
彼に答えた。
「私の姉、
聖なるエレシュキガルの夫、
主グドガルアナが
亡くなったためです。
その葬礼に捧げられる供物に
立ち会うため、
彼を弔う酒の儀礼で
盛大な献酒が行われる、
そのために
私は来ました。」
冥界の大いなる門番ネティは、
聖なるイナンナに答えた。
「ここで待ちなさい、
イナンナ。
私は、
わが女主人に話してこよう。
わが女主人、
エレシュキガルに話し、
あなたが語った言葉を
伝えてこよう。」
この挿絵の青い門は、古代バビロンの「イシュタル門」を連想させる意匠をもっているが、イシュタル門そのものを再現したものではない。
現存するイシュタル門は、『イナンナの冥界下り』の主要な写本が作られた時代より後の、新バビロニア時代の建築である。
ここでは、古代メソポタミアの建築や装飾、ラピスラズリを思わせる深い青などを手がかりにしながら、物語に現れる「冥界の門」を象徴的に描いたオリジナルの挿絵としている。
したがって、この絵は考古学的な復元図ではなく、原文に書かれている世界と古代メソポタミアの造形文化を参照しながら構成した、神話世界の視覚表現である。
訳注
1|ガンゼルとは何か
73行には、
e₂-gal ganzer-še₃
「ガンゼルの宮殿へ」
という表現があります。
ETCSLでは Ganzer、Attingerでは Ganzir と表記されています。Attingerはこの語が冥界そのものを婉曲に表す名称である可能性にも触れていますが、意味や表記にはなお検討の余地があります。
この連載では、これまでの表記との統一から、
ガンゼル
とします。
そして「ガンゼル=冥界そのもの」と断定せず、本文どおり「ガンゼルの宮殿」として残します。
2|イナンナは門を「静かに」訪れたわけではない
74–75行には ḫul、「悪い・敵対的な」といった意味を持つ語が使われています。
ETCSLは、
- aggressively pushing
- aggressively shouting
と訳し、Attingerも「激しく扉を押し」「悪い/険しい声で叫んだ」という方向で読んでいます。
したがって第1・第2場面の「静かな決意」から、ここでは少し変化があります。
イナンナは門前で、
自らの到来を強く知らせている。
ただし「怒り狂っている」とまで描く根拠はありません。
そこで本文では、
「強く押した」
「険しい声をあげた」
としました。
3|門番は「ネティ」か「ビティ」か
ETCSLおよび現在のORACC/ePSD2の複合本文では、
Ne-ti → Neti(ネティ)
と読まれています。
一方、Attingerは写本を再検討し、
Biti(ビティ)
と読んでいます。実際、彼の校訂では複数写本について dbi₂-ti と転写されています。
どちらかをここで完全に決着させることは難しいため、本連載では一般に流通しているETCSLの表記との連続性を優先して、
ネティ
を本文に採用しました。
ただし、「ビティと読む校訂もある」ことを訳注に残しておきます。
4|「日の昇るところへ向かう」
門番が、
「お前は誰だ」
と尋ねると、イナンナは、
me-e … ki dutu e₃-a-še₃
と答えます。
直訳的には、
「私はイナンナ。太陽ウトゥが昇る場所へ向かう者」
です。
つまり「東へ向かっている」と読めます。ETCSLも “going to the east”、Attingerも「東へ」と訳しています。
しかし状況を考えるとこれは少し奇妙なことです。
イナンナはすでに冥界の門の前に立っているからです。
Attingerも、この答えをかなり曖昧なものとして扱っており、別写本ではもっと直接的に「地/冥界の方向へ、日の昇るところへ」と答える形があることを指摘しています。
したがって、
「イナンナは東へ旅行している」
という地理的情報として単純に理解するのは避けた方がよいでしょう。
本文では原文の奇妙さを残して、
「日の昇るところへ向かう者です」
としました。
5|〈帰ることのない国〉
83行の、
kur nu-gi₄
は、
「帰ることのない国/土地」
という非常に印象的な冥界の呼び方です。
続く84行でも、
「行く者が帰らない道」
と反復されます。
ここでは冥界について、
「暗い」
「恐ろしい」
「死者がいる」
といった風景描写をするのではなく、
そこへ行けば、帰らない
という性質によって語られています。
これはこの場面の最も重要な言葉の一つだと思います。
6|「どうしてお前の心は、お前を運んできたのか」
84行には、
šag₄-zu … tum₂-mu-un
という表現があります。
ETCSLは、
“How did you set your heart on the road …?”
と訳していますが、Attingerは文法的な解釈に複数の可能性があると指摘しています。
ここでは、
心が人を道へ運ぶ
という原文の身体的な響きをできるだけ残し、
行く者が帰らない、その道へ、
どうしてお前の心は、
お前を運んできたのか。
としました。
これは第1場面冒頭の、
「大いなる下方へ、彼女は心を向けた」
とも静かに呼応します。
ただし、これは心理学的な解釈を加えたという意味ではありません。
原文そのものが、下降と「心」を結びつけて語っている点が重要だと考えました。
7|イナンナが語る「冥界へ来た理由」は確定的に読めない
85–89行は、慎重に扱いたい部分として記録します。
イナンナは、冥界へ来た理由のところで、
- 姉エレシュキガル
- その夫グドガルアナの死
- 葬礼
- 供物
- 酒の献供
について語ります。
ETCSLでは比較的滑らかな理由説明として訳されています。
しかしAttingerは、この部分は写本ごとの差がかなり大きく、文章構造そのものも不自然であることを指摘しています。さらに、この不自然さは詩人が「イナンナの説明の一貫しなさ」を意図的に示した可能性さえある、と述べています。
したがって、
「イナンナが冥界へ下った理由は、姉の夫の葬儀に出席するためだった」
と、この神話全体の動機を確定してしまうのは避けます。
事実として言えるのは、門番に尋ねられたイナンナが、ここでそのような説明をしたということです。
その説明が彼女の下降の「真の理由」なのかどうかを、本文は明瞭には説明していません。
この点は、明記しておきたいです。
この場面で起きていること
第1場面でイナンナは、
大いなる下方へ心を向けました。
第2場面では、
地上に残るニンシュブルへ言葉を託しました。
そして第3場面で、とうとう、
境界そのものに到達します。
ここで初めて、冥界側の人物、門番ネティが現れます。
そしてネティが最初に尋ねるのは、
「お前は誰なのか」、そして続いて、
「なぜ帰ることのない国へ来たのか」と尋ねます。
原文上で確実なのは、
境界を越えようとする者が、まず名を問われ、次に来訪の理由を問われている
ということです。
イナンナは答えますが、その答えは完全には明瞭ではありません。
そして、門は、まだ開きません。
ネティは、
「ここで待ちなさい。」
と言い、エレシュキガルのもとへ向かいます。
第3場面は、ここで終わります。