大学後期のはじまり
ブログを書きたかったのですが、遅くなってしまいました。
私は最近、すこしだけ「老い」というものを感じていて、このあいだ、ショウリョウバッタを追いかけたのですが、息を切らして諦めるということがありました。
そんな私ですが、大学の講義が始まりまして、かなりの数の生徒が受講してくれています。アシスタントにも一人ついていただきながら、第1回目のオリエンテーションをしてきました。
アシスタントしてくれる方が「一番後ろの席から見ると、ミッキー先生が米粒のようです。」と教えてくれます。
元から小さいほうなのに、こんなにも小さくなると、いろんな意味で小さいことを生きていく覚悟ができるものだなと思います。
学生たちとどのような交流ができるかはまだわかりませんが、私は私自身が学生自分にしてほしかった講義をしたいと思って、多少の苦労は覚悟しています。
それは、得体の知れない私のことを10年近くも見届け、ここまでご縁をつないでくださった近畿大学の林孝洋教授への御恩があります。
私は林先生に直接返すことができませんが、私ができる恩返しをしてゆきたいと思っています。
学生が充実する講義というのは、きっと一方向の授業ではないと思います。色だからこそ、その双方向の授業ができる。なぜなら色の学は、光と闇の間、深い隔たりがある何かと何かの間をとりもつ学だとおもうからです。
学生たちの中でこの学びに生じる彩りがあるなら、できるだけ多く感じられるような授業をしていけたらと思っています。
関係者のみなさま、そして色育士のみなさん、どうか力や知恵を貸してください。よろしくお願いいたします。
第7期色の本質マスター講座 完走
社会人講座としてオンラインで2020年よりはじめている【色の本質マスター講座】が、第7期を無事に完走することができました。
次回第8期は、私の状況が落ち着くだろう頃、2023年2月の開講を予定しております。
この社会人講座は、とてもエネルギーを使います。私は器用ではないので、1つ1つ、を進めています。
今期の7期生たちは、とりわけ色と心理のことにも興味があるように感じられ、後半になってからぐっと自分のこととして色や自然が話しかけてくること、心の宇宙がざわざわすることがあったのではないかと思っています。
”色の本質”とかかげるからには、その色をその色たらしめん力への探究であり、私たちを深みから突き動かす何かなわけでしょうから、色を考えるという意識の足場がぐっと広くなっていきます。自分を包む自然ということの土俵が広がると、私たちの心におこる様々な出来事に少しでもしなやかに対応できる強さや優しさが持てたなら、と願っている気持ちもあります。
いつになく、いたらない点は多々あったかと思います。
私も未熟で歪んだ人間ですから、彼らが彼らであっていいということには、自信をもっていただきたいと願っています。
色育士たちとの活動
この学校で実施しているマニアックな社会人講座を超え、社会活動や全体福祉ということに心をよせて、各々の色と自然と心にかかわり活動を展開している色育士たちがいます。私の遅々たる歩みのせいもあって、彼らの活動の制度はまだまだ未整備な部分が多くありますが、来年にはそれを取り組んでいくことができたらと思い、今起こるさまざまな問題点を活動の中から収集させてもらっています。
定期的に開催している研修会では、最近、彼らの言葉が育っていることを感じます。自然とともに生きていることに取り組んでいる人の言葉は、説得力が変わってきます。体全部で、言葉を体現していくことが大切なことだと学ばせてもらっています。
色育士発足から2年になりますが、言葉では尽くせない”色”をやるからこそ、言葉をできるだけ丁寧に磨いていこうとみんなで言い合っています。口で伝える、ということは現代ではアナログなやり方に入るのかもしれませんが、アナログでなければできない大切なことが、私たちの魂といった名状しがたいものをもつ人間にはあるのではないでしょうか。
全国とつながるために、いい塩梅でオンラインを活用させてもらいながら、それでもアナログでできる大切なことを損なうことなく、色育士たちは力強く歩み始めているのだと思います。「色育士としてできる心理支援活動」「色育士として開く自己探究の場」といった独自性が、捻り出されてゆく兆しを感じています。
取り止めのない文章になりましたが、徒然なるままに報告させていただきました。
最後まで読んでいただきましてありがとうございます。
ご意見ご感想などいただけましたら励みになります。
また書きますので、今後ともよろしくお願いいたします🙏✨