原文について

この物語は、一枚の完全な粘土板に残されたものではない。現在読むことのできる『イナンナの冥界下り』は、古バビロニア時代を中心とする複数の写本・粘土板断片を研究者が照合して再構成した「複合本文」である。

ここでは ETCSL(Electronic Text Corpus of Sumerian Literature)c.1.4.1 “Inana’s descent to the nether world” の行番号を基本とし、シュメール語本文、ePSD2の語彙情報、およびPascal Attingerによる校訂・研究を参照して日本語訳を作成している。

読みやすさを優先しているため、日本語本文では細かな写本差をすべて挿入せず、重要なものを文末の訳注で示す。

第8場面 エンキの救済

――苦しむものの声に応えよ
冥界の門をすり抜け、エレシュキガルのもとへ向かう小さな土の存在クルガラとガラトゥラ
第8場面「エンキの救済」――エンキに遣わされた〈クルガラ〉と〈ガラトゥラ〉は、冥界の門をすり抜けてエレシュキガルのもとへ向かう(オリジナル挿絵)

〔シュメール語本文 226–253行〕

父なるエンキは、
ガラトゥラとクルガラに言った。

「行きなさい。

冥界へ
足を向けなさい。

蠅のように、
門を飛び越えなさい。

門の軸のまわりを、
身をくねらせるように
すり抜けなさい。

子らゆえに苦しむ母、
エレシュキガルは、

そこに病み伏している。

その聖なる肩には、
亜麻布も掛けられていない。

その胸は、
シャガンの器のようには
張っていない。

その指は、
鍬のようになり、

頭の髪は、
葱のように乱れている。

彼女が、

『ああ、
私の心が――』

と言ったなら、

お前たちは、

『お苦しいのですね、
わが女主人。

あなたの心が――』

と言いなさい。

病み伏すエレシュキガルの苦しみに寄り添う、小さな土の存在クルガラとガラトゥラ
第8場面「エンキの救済」――病み伏すエレシュキガルの傍らで、その苦しみの声に応える〈クルガラ〉と〈ガラトゥラ〉(オリジナル挿絵)

彼女が、

『ああ、
私の身が――』

と言ったなら、

お前たちは、

『お苦しいのですね、
わが女主人。

あなたの身が――』

と言いなさい。

すると彼女は、
お前たちに尋ねるだろう。

『お前たちは、
いったい何者なのか。

私の心から、
お前たちの心へ。

私の身から、
お前たちの身へ。

もし、お前たちが神々なら、
私はお前たちと言葉を交わそう。

もし、お前たちが人であるなら、
お前たちの運命を定めよう。』

そのとき、

天と地にかけて
彼女に誓わせなさい。

〔一行欠損〕

川いっぱいの水を
差し出されても、

受け取ってはならない。

大麦に満ちた畑を
差し出されても、

受け取ってはならない。

そして、彼女に言いなさい。

『鉤に掛けられた
あの亡骸を、

私たちに
与えてください。』

彼女は言うだろう。

『あれは、
お前たちの女主人の亡骸だ。』

そこで答えなさい。

『われらの主人であろうと、
われらの女主人であろうと、

その亡骸を
私たちに与えてください。』

すると、

鉤に掛けられた亡骸が
お前たちに渡される。

一方は、

生命の草を
その身にふりかけ、

もう一方は、

生命の水を
その身にふりかけなさい。

そうすれば、

イナンナは
再び立ち上がる。」

訳注

1|「蠅のように」は明確だが、その次の比喩は不明

228行では、二つの存在が蠅のように門を越えることは比較的明瞭ですが、
続く229行で、ETCSLは “phantoms” と訳しますが、Attingerは比喩に使われている語の意味を不明とし、「動物・悪霊・風のような何か」としています。
写本には「息/風」や「嵐」と読める異文もあります。

そのため今回の本文では、

「幽霊のように」

とは断定せず、

「門の軸のまわりを、身をくねらせるようにすり抜けなさい」

と、確実性の高い動作だけを残しました。

これは、〈クルガラ〉と〈ガラトゥラ〉が境界を軽やかに通過できる存在であることをふまえました。


2|エレシュキガルは「出産の苦しみ」にあるのか

ここは慎重に扱うべき箇所で、ETCSLはエレシュキガルを、「子を産んだ母」「子らのために横たわっている」という方向で訳しています。

Attingerも「母」「子らゆえに病み伏している」とします。

ほかにも、この箇所を、「エレシュキガルは陣痛に苦しんでいる」と読む研究・再話もあり、Attingerもその解釈を紹介しています。

しかし、それが原文から唯一確定する意味ではありません。

したがって本連載では、

事実:エレシュキガルは母として描かれ、身体的な苦しみのなかで病み伏している。

解釈:その苦痛を出産・陣痛そのものと読むことは可能だが、断定はしない。

という区別を保っておきます。


3|「心」と「身」

236–239行は、翻訳によってかなり違いがあります。

ETCSLの現在の本文では、

heart / body

Attingerでは、

ventre / membres
(腹/身体の部分・四肢)

という方向で訳されています。シュメール語には一方に内側・心を示す語、もう一方に外側を示す bar があり、
ETCSLの語彙解析でも bar は “outside” とされています。

そこで今回は、読み物としての自然であることを意識し、

「心」
「身」

としました。

つまりここには、内なる苦しみ/身体に現れる苦しみという二つの方向が響いている、と見ることができます。

ただし、この「内と外」という意味づけは一歩進んだ解釈になります。


4|二人は、苦痛を消そうとはしない

エンキは彼らに、「エレシュキガルを説得せよ」とも、

「泣くのを止めさせよ」とも、「イナンナを返せと要求せよ」とも、最初には命じません

彼がまず教えるのは、

エレシュキガルが、「ああ、私の心が」と言ったなら、

「お苦しいのですね。あなたの心が」と応じること。

そして、

「ああ、私の身が」と言ったなら、

「お苦しいのですね。あなたの身が」と応じることです。

これは原文上、相手の発した苦痛の言葉を、その苦痛に添うかたちで返す行為です。

5|エレシュキガルは「お前たちは何者なのか」と問う

エレシュキガルは、その応答を受けて初めて、「お前たちは誰なのか」と尋ねます。

そして、「神々なら話そう。人間なら運命を定めよう。」と語ります。

原典上、エレシュキガル自身にも、〈クルガラ〉と〈ガラトゥラ〉が神なのか人間なのか即座には分からないことがこの問いにつながっていること考えられます。


6|「私の心から、お前たちの心へ」

原文では、

「私の心から、あなたの心へ」
「私の外なる身から、あなたの外なる身へ」

という対応関係があります。ETCSLの語彙解析でも、「heart」と「outside」の対応が確認できます。

本文では、

「私の心から、お前たちの心へ。
私の身から、お前たちの身へ。」

としました。

第8場面のタイトル、「苦しむ者の声に応えよ」を支えている原文上の中心部分です。


7|水も大麦も受け取らない

エレシュキガル側から、

  • 川いっぱいの水
  • 大麦に満ちた畑

が報酬として差し出されます。

しかしエンキは、あらかじめ、受け取ってはならないと命じています。

彼らが求めるものは一つだけです。

鉤に掛けられた亡骸

です。

つまり救出は偶然起こるのではなく、

境界を越える
→ 苦しみに応答する
→ 誓いを得る
→ 報酬を拒む
→ 亡骸を求める
→ 生命の草と水を用いる

という、非常に精密な手順として語られています。


8|「主人であろうと、女主人であろうと」

エレシュキガルは、

「あれはお前たちの女主人の亡骸だ」と答えます。

それに二つの存在は、

「われらの主人であろうと、われらの女主人であろうと、与えてください」と答えます。

この不思議な言い回しを、現代的な性別概念ではなく、

少なくともここでも、二つの存在が通常の人間社会のカテゴリーにきれいに収まらないような言葉遣いを伴っていることとして注目できます。

この場面で起きていること

第7場面まで、救済は地上から冥界へ向かう呼びかけでした。

第8場面で初めて、エンキは冥界の内部へ働きかける方法を示します。

しかも、その方法は力ではありません。

門を破らない。
エレシュキガルと争わない。
冥界の掟を否定しない。

まず、エレシュキガル自身の苦しみに近づく。

そして彼女が発した言葉へ、同じ場所から言葉を返す。

そこから初めて、閉ざされていたものが動き始めます。

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