「妖怪」と「自然」

自然の恐ろしく、得体の知れない側面

みなさんは妖怪のことを「恐ろしい!」と感じますか?
妖怪に対して、「恐ろしい」「怖い」だけではない気持ちを持っている方も多いのではないでしょうか?

私は「恐ろしい」や「怖い」をもちろん感じますが、
同時に、どこか「愛らしさ」のようなものや「哀愁」みたいなもの、
また「孤独」が少し自分と似ていてわかるような感じを「妖怪」に受けています。
だから好きなののかもしれないし、世の中にはたくさん妖怪のファンがいます。

妖怪と自然

妖怪を「恐ろしい」や「得体が知れない」と思う気持ちは、
自然を「恐ろしい」や「不可解だ」と思うところとどこか似ている

妖怪と自然

妖怪を「恐ろしい」や「得体が知れない」と思う気持ちは、

自然を「恐ろしい」や「不可解だ」と思うところとどこか似ている

「自然」を「恐ろしい」、「怖い」と感じる心を、私たちはどれほど忘れずに持っているでしょうか。

私は、神戸の震災を経験しましたが、
一度目のドンッ!!という縦揺れは、震え上がるほど怖かったです。
いまでも少し揺れるだけで怖さが蘇ります。

自然は私たちを癒してくれたり、忙しい一時を忘れさせてくれたり、
大きな柔らかいあたたかさで私たちを包んでくれます。

かたや、時に自然は横暴で、傍若無人に振る舞い、
片っ端から呑み込んで壊してゆくような恐ろしさももっています。

「妖怪」とともに生きる知恵

今回のコロナ感染症拡大なども、人間が太刀打ちできない自然の恐ろしさを思い出させました。
自然を制御可能なものとしてきた近代の私たちに
その大きさと無秩序な途轍もない怖さを見せつけているように思います。

古来から、そういった自然の猛威とどのように付き合うかという知恵が、
昔から伝承されているものの1つ、「妖怪」として残されています。

昔の人たちは、そういった自然界が魅せる不可解で恐ろしい人間にはどうすることもできない側面を
「妖怪」として言い伝えてきました

「意識」を磨き上げてきた現代人は、
そういった「妖怪」を信じ、体験することは少なくなったかもしれません。
それは同時に、自然への畏敬の念を現代人が失ってきていることを示しているのかもしれません。

妖怪は、自然への恐れを抱き、それを無意識に抑圧してきた人々を妖怪体験へと誘います。

「ゲゲゲの鬼太郎」で有名な水木しげる先生も
この学(色彩自然学)の親であるゲーテの著書を愛読されていました。
自然のもつ途轍もない力や無限の生命力のこと、
そして自然に対する私たちの畏敬の念が大事であること、
人生において不思議が大切であることを
水木しげる先生も作品で表現し続けてきたのだと思います。

さて、今回は、そういったことで、「海坊主」の不思議に少しだけ迫りたいと思います。

海坊主について

海坊主の大きさ・すむところ

「海坊主」は別名「海入道」「海小僧」「海法師」とも呼ばれています。

海に住む妖怪のことです。

海坊主(うみぼうず)

水木しげるさんの妖怪の世界では、このように書かれていました。

頭に毛がなく、大きさは5・6尺。
姿を見るだけでも不漁になると言われ、漁師達はいやがる。
船を転覆させたり、ぬるぬるを付けたりする。

”海坊主(うみぼうず)|水木しげるの妖怪ワールド妖怪大全集”より

5・6尺というと、1.8mほどですが、他の伝承によると2mほどになるものもあるそうです。

一説では、新月のときの月明かりがなくなる漆黒の闇に船を出さないように戒めのためにそのような話が言い伝えられるようになったという説もあります。

”ぬるぬるを付けたりする”というあたりが、気味悪さを倍増させますよね。

海坊主の生態

では、一体なんのために海坊主が現れるのでしょうか。

出典:ウィキペディア(Wikipedia)

海に出没し、多くは夜間に現れ、それまでは穏やかだった海面が突然盛り上がり黒い坊主頭の巨人が現れて、船を破壊するとされる。

海坊主|ウィキペディア(Wikipedia)

さまざまな地方で、海坊主についての言い伝えが残っていますが少しずつ違いがあります。

東北地方では、海坊主は門番のような役目で、最初に採れた魚を神様に捧げる風習を破った船を壊します。

また、ヌラリヒョンと呼ばれている海坊主は、ヌラリと現れて底に沈んではヒョンと浮いて船人をからかいます。

また姿を見るだけでも不漁になると言われて、漁師たちが嫌っていることや、
愛媛県では、頭は赤銅色の坊主で、人間と同じように手足があり、目は極端に丸く、7、8寸のしっぽがあると言われ、海坊主を見た人は長生きすると言われています。

また、海坊主が海から上がって3日ほど地上にいたという記録もあり、海坊主が海に戻るまでの間は子どもは外に出てはいけないなどの伝承もあります。

「青」の本質と「海坊主」

青という色彩は、闇からやってきている色彩ですが、海坊主と縁が深いものです。
特徴としては、青は「遠心性」を持っている色彩です。

存在から抜け出そうとするような力が、ずっとかかっています。

その力がまた海坊主の怖さや得体のしれなさに結ばれているように感じます。

まとめ:残すべき伝承

こういった先人たちが残した伝承には、
イメージの世界をまどろんで生きている子どもたちが、
自然とともに生きていく知恵がたくさん詰まっているように思います。

いくら大人に口で言われても子供のころの私には、きっと聞こえていません。
それほどに理性や思考が発達していないために判断ができません。
でも自然との付き合い方は一歩間違えれば取り返しがつかないことになることもあります。

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大人になった私たちが、自然とともに、どのように在れるか、
その在り方をひとりひとりが考えるべき時代なのだとも思います。

自然は恐ろしく怖い側面を時にふるって、
地球全体のバランスをとろうとしていることを思います。

怖いもの、恐ろしいもの、圧倒的なもの、醜いもの、汚いもの、役に立たないもの
これらのどれが欠けても自然とともに生きることは難しなります。

最後に、私も海坊主のイメージを描いてみました。

また、ひとつ私の中で、海や闇のもつ怖さや、漁師の人たちのすごさを、描きながら感じました!

今回は以上です。
ありがとうございました!