色の本質マスター講座(第4回目)

色の本質マスター講座 第1期生たち

「私は癒えない部分を持っている。
癒えるかどうか、それはまだ生きてみなければ知れないけど。
癒えなくとも、それでも生きていくんだろうな。
それは悲観的なものではなく、
一種の勇ましさをもって、肯定的にそう思う。
願えばそのウロも、味になるように
かばってでも、くるんででも、生きてやりたい。」

一本の自分の木を、くれよんで無心に描いたあと、
私はこんな作文をノートに書いたことがある。

自然は逞しい。
どんな自然も、置かれた場所で諦めない。
環境を取り込むだけでなく、
自分から環境に働きかけ、
自分を多少作りかえてでも
生きていこうとする。
どんなに過酷であっても、
自分であることの全部は、
諦めることがない。

そういう生への執着が、
唯一の独特の輝きを持った花を咲かせることになる。

そう気づかされるのは、
講座にきてくださり、
共に学んでくださっている方々が
一輪の花を咲かせていることを
イメージできるときだ。

私は色で育むことができる自然力が、
社会を救うことになる、と真面目に信じている。
1つの家庭という場においても、
1つの学校という場においても、
1つの個という場おいても。

色の本質マスター講座は第4回目をむかえた。
私たちはそれぞれ、どんな花を咲かせたり、
どんな果実をならしたり、
どんな樹木になるんだろう。

みんなともっと色で絵を描いたり、
イメージをシェアしあったりして、
今なら互いを尊重しあい、
それぞれを自分の一部のように愛おしめる場が
開けるように思う。

それは彼らひとりひとりの生命が
いろんなことを超えて、抱えて
生きてきたし、生きていくからだと思う。

授業の中で、
私が言いたいことは、いつのまにか、
「今まで生きてきた、
そのことだけで素晴らしい」ということだった。
これがまだ、うまく伝えられていない。

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