もどかしさ

「色を学んだことって、あった?」


大学生たちに尋ねると、決まって首をかしげて、

「あったかもやけど、覚えてないっす…」

そう、私も覚えていないっす。
中学か高校のどこかで、やったんだと思う。
やったとしても、覚えられないものだったんだろうな。

人は、そこに、自分なりの意味や価値が注げないと
自分に取り入れて馴染ませることは難しいのだ
と感じる。

緑と赤紫に、水の粒のアクセサリー

自然の色彩を観察していると、
変化しない色彩など、1つもないと感じる。
石ですら、
土ですら、
色は多様に変化している。
気づいていないのは、
それを見つけられないのは、私だ。

石こそ光る


長いことかけての変化かもしれないし
短時間でシャシャッとみせられることもある。
いずれにせよ、その変化を見つけられないのは、
私の心や眼が貧しいからじゃないか、と
いつからか思うようになった。

それは、大切な家族や周りの人たちの変化であっても
同じことなのだと思う。

どんな生き物でも、自己を実現しようと努力している。
このゲーテのことばに、
私は感銘を受けた。
そんな生き抜くことを与えられた私たちに、
天は、「光」だけではない。
「闇」も与えた。

悲しいことほど、意味を注ぎ、
絶望したあとにこそ、立ち上がり、
それを糧にして人は生き抜いてきた。

どんぐり

私はせっかく学ぶなら、
光も闇も学びたいと思う。

無意味な言い争いや喧嘩を続けながら、
自分をたくましく作っていくことだって
実際大切だろうと思う。

「どっちでもいいよ」と言いながら
流れるような自分をまっとうする生き方も
楽じゃないし、魅力的だと思う。

自分を生き抜くこと、
自然が色を通して見せてくれるのは、
いつのときもそのことだと、私は思う。

今学びをともにしている仲間。
この人たちはこの地球において希望だと思う。

光も闇も逃げずに学びながら、
誰かや何かをあたためられる何かを
間違いなく育てている。


だから何だ。
だからどうしよう。
ここがいつももどかしい。
次で6回目。
彼ら全員へのオンライン授業は次で最後になる。
せめて教材をたくさん残そうと
それだけはずっと思っていた。

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